大判例

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札幌高等裁判所 昭和54年(ネ)234号 判決

控訴人・附帯控訴人(原告)

大高鉄弥

ほか三名

被控訴人・附帯控訴人(被告)

東江工業株式会社

ほか二名

主文

一  本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの、附帯控訴費用は被控訴人東江工業株式会社の各負担とする。

事実

一  控訴人らは、控訴の趣旨として「1 原判決中、控訴人ら敗訴部分を取消す。2 被控訴人東江工業株式会社は(一) 控訴人大高鉄弥に対し金五〇一万二、五六〇円及びうち金四二九万二、五六〇円に対する昭和五〇年一二月二七日から、金七二万円に対する本判決確定の日の翌日から、それぞれ完済まで年五分の割合による金員を(二) 控訴人大高富士子、同大高総一郎に対し、それぞれ金三五四万八、二四四円及びうち金三〇六万八、二四四円に対する昭和五〇年一二月二七日から、金四八万円に対する本判決確定の日の翌日から、それぞれ完済まで年五分の割合による金員を(三) 控訴人藤岡ユキに対し金四二万円及びうち金三〇万円に対する昭和五〇年一二月二七日から、金一二万円に対する本判決確定の日の翌日から、それぞれ完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。3 被控訴人小谷蔦江及び同藪下明は各自(一) 控訴人大高鉄弥に対し金七一〇万六、九五二円及びうち金六一八万六、九五二円に対する昭和五〇年一二月二七日から、金九二万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ完済まで年五分の割合による金員を(二) 控訴人大高富士子、同大高総一郎に対し、それぞれ金四一〇万七、〇三六円及びうち金三五七万七、〇三六円に対する昭和五〇年一二月二七日から、金五三万円に対する本判決確定の日の翌日から、それぞれ完済まで年五分の割合による金員を(三) 控訴人藤岡ユキに対し、金一七二万円及びうち金一五〇万円に対する昭和五〇年一二月二七日から、金二二万円に対する本判決確定の日の翌日から、それぞれ完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。4 訴訟費用は、第一審、第二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人らは、「本件控訴をいずれも棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

被控訴人東江工業株式会社は、附帯控訴の趣旨として「原判決中、被控訴人東江工業株式会社敗訴部分を取消す。控訴人らの被控訴人東江工業株式会社に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一審、第二審とも控訴人らの負担とする。」との判決を求め、控訴人らは、「本件附帯控訴をいずれも棄却する。」との判決を求めた。

二  当事者の主張と証拠の関係は、主張につき、原判決四枚目裏九行目の「のであるから、」の部分を「のであり、かつ、本件事故は第一審相被告の訴外酒巻の事業執行中の過失により惹起されたものであるから、」に改め、同一二行目の「(二)」及び同所の記載部分を全部削除し、原判決五枚目表二行目の「(三)」を「(二)」に改め、原判決一〇枚目表一二行目の「(一)及び(二)」の部分のうち「及び(二)」を削除し、同一三行目の「(三)」を「(二)」に、原判決一〇枚目裏三行目の「亡明子には」以下、同四行目の「評価すべきである。」までの部分を「亡明子には、次のとおり過失があり、右過失を控訴人らの請求しうべき損害額の算定に当つて斟酌すると、右損害額は零に帰するというべきである。」に、同裏一一行目から一三行目までを「(三) 亡明子運転の被害車は、全車輪ともスパイクタイヤでなく、またチエーンの使用もなかつた。その上、同車両の前輪のタイヤはいずれも三年間も取り替えられたことのないもので、そのためタイヤの溝の磨滅が著しく、約六ミリメートル程度しかない状態で、このため、亡明子運転の被害車が訴外酒巻運転にかかる加害車にわずかに接触しただけで対向車線まで大きくはねられ、その結果本件事故が発生したのであつて、これは亡明子の過失であり、これを過失相殺に当たつて考慮すると、控訴人らの請求しうべき損害額は零に帰する。

また、仮に亡明子の死亡と訴外酒巻の過失との間に相当因果関係があるとしても、亡明子の治療に当たつた遠藤医師は治療上のミスを犯し、しかも、自己の診療技術上治療困難な状態にあつた亡明子を総合病院等に転医せしめる義務があるのにこれをしなかつたという過失があり、これが、亡明子の死亡の原因をなしているのであるから、亡明子の死亡についての損害額を全て被控訴人東江工業株式会社のみにおいて負担すべき理由はない。」にそれぞれ改め、当審の証拠につき、当審における書証目録、証人等目録の各記載を引用するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の(一)ないし(六)及び(八)の事実は当事者間に争いがない。

二1  本件事故の態様及び被控訴会社の責任については、次に訂正、付加するほかは、原判決理由二の1及び2並びに3の(一)、(二)と同一である(原判決一二枚目表四行目から同一六枚目表三行目まで)からこれを引用する。

(1)  原判決一二枚目表七、八行目の「被告小谷本人」を「当審における被控訴人藪下本人」と改める。

(2)  原判決一五枚目裏九行目の「明らかであり」から同一二行目の「義務がある。」までを「明らかである。」に改める。

(3)  原判決一五枚目裏四行目のあとに、次の文言を加える。

「また、被控訴会社は、仮に亡明子の死亡と訴外酒巻の過失との間に相当因果関係があつたとしても、亡明子の治療に当たつた医師にも治療上の過失または転医をすすめなかつた過失があり、その責任があるので、亡明子の死亡により控訴人らが請求しうべき損害額を専ら被控訴会社のみにおいて負担すべき理由はない旨主張するが、仮に被控訴会社主張のとおり、亡明子の死亡につき、治療に当たつた医師に過失があつてその責任があるとした場合でも、特段の事情がないかぎり、医師の責任と被控訴会社の責任とはいわゆる不真正連帯債務の関係に立つものと認めるのが相当であるから、被害者である控訴人らが本訴において被控訴会社に対してのみその賠償責任を追求し、その結果控訴人らとの関係において被控訴会社のみが賠償責任を負うことになつたとしても何ら問題はないのである。この点の被控訴会社の主張は採用しがたい。」

2  次に、被控訴人小谷、同藪下の責任について検討する。

請求原因2の(二)の(1)ないし(3)の各事実は当事者間に争いがなく、控訴人らが被控訴会社に対しそれぞれ損害賠償債権を有していることは後記認定のとおりであり、原審における控訴人鉄弥本人尋問の結果及び同結果により真正に成立したものと認められる甲第三四号証の一、二、第三五号証の一、二、当審における被控訴人藪下本人尋問の結果を総合すると本件事故発生当時被控訴人会社の資産、経営状態が悪化していたこと、このため控訴人らは現在右損害賠償債権の完全弁済を受けることが困難であることが認められる。

ところで控訴人らは被控訴人小谷、同藪下が任意保険に加入することなく本件加害車を使用していたことは取締役としての重大な過失による任務懈怠であり、右両名には商法二六六条の三の責任がある旨主張するから検討する。

自動車損害賠償保障法五条は、主として損害賠償保障制度を確立する手段として自動車を自己のため自己の計算において運行の用に供する者(以下単に運行供用者という。)に対し自動車一両ごとに自動車損害賠償責任保険(以下単に責任保険という。)の締結を強制するものであるが、自動車の運行供用者が右の責任保険のほかに更にいわゆる任意保険契約(中でも自動車対人賠償保険)を締結することにより右責任保険によつて填補されない部分について、右任意保険契約により右損害の填補を確実かつ簡易・迅速に図り、このことがひいては、責任保険によつて補填されない部分についての、被害者による運行供用者の資産に対する強制執行等を回避せしめ、会社にあつては会社資産の維持と事業の健全な発展等を図りうる結果を齎す場合のあることは否定し得ず、その意味では、任意保険契約の締結の当否が取締役の任務とかかわりを有することを否定することはできないが、交通事故は会社の自動車について必ずしも常に発生するものではないし、仮に交通事故が発生したとしても通常の場合は前記責任保険により被害者側の損害額を相当程度填補することができるものと推認され、会社が右任意保険契約を締結していないからといつて、直ちに会社に著しい支障を生ずるものとまで断じえず、しかも、任意保険契約の締結(その保険金額も問題であるが)が取締役の会社に対する任務であると解すべき実体法上の根拠は認められない(なお、成立に争いのない甲第三七号証の一、二によれば昭和五〇年当時の対人賠償保険―前記の任意保険契約に当たる―の普及率は五〇パーセントに満たない状況であることが認められる。)。したがつて、特段の事情がない限り、取締役が会社のために会社の自動車について、右の任意保険契約を締結するか否かはその裁量に大きく委ねられ、右契約を締結しなかつたからといつて取締役の会社に対する任務違背に当たるということはできない(ましてや商法二六六条の三の規定するような、取締役に、「悪意又ハ重大ナル過失」による任意懈怠があるというには、ほど遠い。)。

したがつて、特段の事情の認められない本件においては被控訴会社の取締役である被控訴人小谷、同藪下が任意保険契約を締結しなかつたとしても同被控訴人らは商法二六六条の三の責任を負うものではないといえる。

三  損害

控訴人らの蒙つた損害については、当裁判所は、次に訂正、付加するほかは、原判決が理由三(原判決一七枚目表一一行目から同二三枚目表四行目まで)において説示するのと同一であるから、これを引用する。

1  原判決一七枚目裏一二行目の「甲第四号証」の前に「後記のとおり真正に成立したものと認められる」を加える。

2  原判決一八枚目表一〇行目、同裏五行目、同二〇枚目裏一一行目の「甲第四号証」の前に、同二一枚目表一二行目の「甲第一二号証」の前にいずれも「前出」を加える。

3  原判決二〇枚目表六行目の「たしかに、原告鉄弥本人」の部分を「たしかに、当審における控訴人鉄弥本人尋問の結果により真正に成立したことが認められる甲第五六号証、第五九号証、原審及び当審における同控訴人本人」に改める。

4  原判決二二枚目表六行目の「同第四号証の各記載」のあとに「並びに当審における被控訴人藪下本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第八号証、第一二ないし二〇号証、第二一号証の一ないし三の各記載」を加え、その八、九行目の「証人高瀬正芳の証言」を「原審証人高瀬正芳、同伊尾忠の各証言」と改め、その一〇行目の「することはできず」のあとに「(右の各証拠によると、前出乙第一七、一八号証、第二一号証の二、三は、被害車が、本件事故後適切な保守、管理がなされないまま相当期間野外に放置されたのちに作成されたものであり、しかもその間に被控訴会社の者がそのタイヤを一旦取外して他に持ち去つていることが認められるので、それが被害車のタイヤについて作成されたものであることが確認できず、したがつて、右の各証拠も、控訴人の前記主張を裏付けるものとはいえない。)」を付加する。

5  原判決二二枚目表九行目の「原告鉄弥本人尋問の結果」の部分を「原審及び当審における控訴人鉄弥本人尋問の結果」に改める。

四  結論

以上によれば、被控訴会社は控訴人鉄弥に対し金二〇九万四、三九二円及びうち金一八九万四、三九二円に対する昭和五〇年一二月二七日から、金二〇万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、控訴人富士子及び同総一郎に対しそれぞれ金五五万八、七九二円及びうち金五〇万八、七九二円に対する昭和五〇年一二月二七日から、金五万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、控訴人ユキに対し金一三〇万円及びうち金一二〇万円に対する昭和五〇年一二月二七日から、金一〇万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うべき義務がある。

よつて、控訴人らの、被控訴会社に対する本訴各請求は、右の限度で理由があるが被控訴人小谷、同藪下に対する請求は、いずれも理由がない。

以上の次第で、原判決の結論は相当で、本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないので民事訴訟法三八四条によりこれを棄却し、控訴費用及び附帯控訴費用の各負担につき同法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奈良次郎 藤井一男 中路義彦)

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